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宇宙人キアヌ 【地球が静止する日】 [映画日記<2008年>]

「地球が静止する日」を見たよ!

地球外生体名の研究をしながら、大学で教鞭をとるヘレン(ジェニファー・コネリー)は、ある日突然、国家規模のプロジェクトに巻き込まれる。
連れて行かれた先で見たものは、巨大な球体と、そこから降り立つ、地球外から来た使者・・・
使者の目的は?
球体の目的は?
騒然とする国家をよそに、ヘレンと彼女の義理の息子ジェイコブ(ジェイデン・スミス)は、宇宙からの使者クラトゥ(キアヌ・リーヴス)に巻き込まれ、行動を共にするうちに、彼らの本当の目的を知り、愕然とする。
“地球を人間から守る”
ヘレンは人間の滅亡を止める為、クらトゥを説得する事選ぶ。
果たして彼女は、彼らの攻撃を止めるよう、クリトゥを説得できるのだろうか・・・

予想していたよりずっと、地味な作品だった。

まず、この作品の評価できるところは、何より、宇宙からの使者、つまり宇宙人であるクラトゥのキャストを、キアヌ・リーヴスにした事。
これに尽きる。

だって、キアヌ、宇宙人に見える。
というか、彼だからこそ、そう見えたんだと思うんだわ。
他の俳優だったら、ここまでシリアスに宇宙人に見えたかどうか・・・

肉体的には完全に人間なのに、中身は宇宙人。
これ、キアヌにぴったりだと思わない?
彼の、あの無表情がぴったり。
無表情なのに、何かを感じている、かもしれない、って視線とか、微妙な感じとか、上手いんだ。
もしかしから、人間の言葉を聞いて、もしかしたら、納得してくれるかもしれない、って思わせる感じとか。
人間らしくなくて、しかも微妙に人間くさいところとかね。

最初に地味な作品だったって言ったけど、
実は地味ではない。
矛盾してるな、えっと、ある意味派手な部分はたくさんあるの。
アメリカ軍が攻撃をしかけたり、
あるいは、宇宙人の攻撃とか、戦闘シーンは、おもきっきり派手。
どかんどかんと、ミサイル撃つし、戦車も戦闘機も、爆発する。
民族大移動もしているし、アメリカだけじゃなくて、全世界的にめちゃくちゃになっていく様子は、やっぱり派手だと思う。
さすがハリウッド映画で予算もあるし、CGも使いまくりで、何でもできるって感じ。

じゃ、なんで地味だと思ったのか。
それはね、宇宙からの使者クラトゥや、ヘレンやジェイコブ、主役級のこの3人が出てくるシーンで、
そういう派手なシーンが、ほとんどからまないから。
3人のシーンは3人以外人もいないし、ほとんどが落ち着いてして、静かにしゃべったりしているシーンばかり。
カーチェイスもないし、撃ち合いもない。
戦闘シーンや、軍や国家の大物が出てくるシーンは、3人以外のシーン。
まるで他人事のようよ。
別次元で進んでいるみたいだったもの。

ヘレンはヘレンで、国のどかんどかんとは別に、一人で宇宙からの使者に立ち向うのね。
人間に変わるチャンスをくれ、って。

この作品、実は1961年の作品のリメイクで、その頃の情勢とも相まって、その時のメッセージは、反戦だったらしい。
で、今回、作品のメッセージになっているのは、地球の環境や未来を守る、と言う事。
クラトゥたちは、決して地球や人間を支配する為に攻撃をしかける訳ではなく、
地球を、人間の手から守る為に、人間を滅亡させようとする。
地球という貴重な惑星を、たった1種の為に、滅ぼしたくはない、と。

じゃ、なんで、地球の住人ですらないクラトゥたち異星人に制裁を受けなきゃならないのか、
それは地球に住む私たち人間は、いつの日か、全く別のモノから、
「このまま好きなように地球で暮らしていたら、いつの日か自分たちの手で、地球を壊しちゃうよ」
って言われなければ、それまで地球を壊し続けているのにすら気がつかない、
って事が、言いたかったのかな。
って理解するしかないよね。

結局ね、
軍や国家が選ぶ方法って、いつでも画一的で、
異質なものには攻撃を、って、バカの一人覚えなんだよね。
というか、そういうシナリオに作って、
何だか分からないものに敵対したり、破壊したり、しゃにむに自分たちの利益を守ろうとする行為に対して、
「愚かだ」って言って見せるのね。
その象徴が、だいたいいつも国家だったりするんだ。
で、その中から、異質な意見を持つものが現れ、ヒーローになっていくのが、定石。
いつも勝つのは、国家という大きな制限がいくつもある存在ではなく、
個人という自由な意見を持てる、小さな存在なんだよね。

今回は、学者のヘレンと、その義理の息子。

しかも大きな敵に立ち向かうのではなく、相手もたった一人、クラトゥというところが、フィクショクくさくなくて良いところなのだけど、
これが地味になってしまった原因でもあるのだな。

地味なのが悪いんじゃないんだな。
妙に身近な問題になった分、せっかくの大円満なラストが、こじんまり感じられてしまって、
せっかく壮大な大問題が、国家レベルで、地球規模で起こっているのに、
だって宇宙人が攻めてきてるんだよ、
それなのに、一人説得できちゃったら、地球も人間も救われちゃったなんて、
大風呂敷広げた割りに、納まりところがあまりにちっちゃいでしょう。

もう一つつけ加えるなら、
クラトゥが人間も捨てたものじゃない、と気づく過程が、ちょっと物足りなかったのかな。
義理の親子の、人種を超えた愛が、そこにはあったのだけど、
それとクラトゥが人間全部に希望を見出すようになるには、ちょっと距離があったのね。
この義理の親子、2人だけを救いたいのなら、分かるのだけど、
なら、この2人だけの為に、クラトゥが人間を救ってみせる、っていうのも、面白かったのかもしれないね。

やっぱりこの作品、クラトゥがキアヌじゃなかったら、ちっとも面白くなかったかも。
キアヌが好き、という贔屓目を除いても、そうじないかと思うな。
逆に、キアヌだからこそ、ちょっと面白かったし、どうなるんだろうって期待して見ちゃった。
またハゲかぁ、とか、全裸かぁ、というのはおいといて。
この人のじーっと見つめる表情って、何かありそうな気になるんだよなぁ。
キアヌとSFが相性がいいな、と思うのも、そんな理由から。

宇宙人って、もう今の時代、描くのがすごく難しいなぁ、と思う。
一歩間違うと、オカシクなっちゃうでしょう。
宇宙船だって、宇宙人だって、宇宙ロボットだって、あらゆるものが出尽くされたというか、どう描いても、二番煎じだったりでさ。
あの球体の宇宙船も、安直だなぁ、と思うし、
あの一つ目のロボットだって、決して目新しいデザインじゃないし、ちょっと古めかしいイメージすらあったもんね。
だから余計にクラトゥの存在が大事だったし、
演じたキアヌの存在が大きかったと思うのよ。
ギリギリ及第点?
みんなどう評価したんだろう。
ありがちな設定だった割に、上手く作ったな、というのが私の素直な感想なのだけど。
他の人はどう思ったんだろうね。
気になった1本。

蛇足だけど。
DNA研究者として呼ばれた学者が日本人で、演じていた方も日本人で良かった。以上。
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タイトルまんま 【デス・レース】 [映画日記<2008年>]

「デス・レース」を見たよ!

製鉄所で働いているジェンセン・エイムス(ジェイソン・ステイサム)は、工場が閉鎖になった日、自宅で何者かに襲われ、妻殺しの濡れ衣を着せられたまま、孤島の刑務所ターミナル・アイランドに収監される。
時は2012年。
経済が破綻したアメリカでは、刑務所は全て、営利目的で民間企業が運営していた。
このターミナル・アイランドで行われているのは、まさに“死”のレース。
マシンガンやパナーム弾、鋼鉄の行装で武装したレースカーが、刑務所内のコースを走り、5回勝てば、晴れて釈放が与えられたが、負ければ“死”から免れられない“デス・レース”。
国民は、この危険なレースの中継を見たいが為に、刑務所に金を払うのだ。
刑務所所長のヘネシー(ジョアン・アレン)は、エイムスにある提案を持ちかける。
“デス・レース”で現在4回勝っている伝説の覆面レーサー“フランケンシュタイン”。
だが彼は、5回目の勝ちのかかったレースの事故で、すでに死んでいた。
だが、観衆はフランケンシュタインの走るレースを待ち望んでいる。
そこで、エイムスにフランケンシュタインに成りすまし、レースに出場しろ、と言うのだ。
元レーサーのエイムスは、腕をかわれたのだった。
エイムスは最初は乗り気ではなかったが、一人娘の存在をネタに脅させると、半ば強引にレースに参加せざるを得なくなる。
レースは3日間。
最終日に一番にゴールを切った者が勝ち。
そして、“死”のレースは始まった・・・

面白かった。
カーレースもので、B級アクションの類で、ネタも目新しいものじゃないし、先もなんとなく読める。
そして、想定内の結末。
こういうふうに書いたら何が面白かったのか分かってもらえないかもしれないけど、
でも、やっぱり、面白かったな、って思ったんだ。

主人公のジェンセン・エイムスが、天才レーサーフランケンシュタインの代わりとして、
無実の罪で収監され、レース出場に強制させられる一連の流れは、特別複雑でもないし、
真犯人もすぐにバレる。
それが、刑務所長の仕業なのも、バレバレ。
だから、彼がどうやって、妻の仇を討つのか。
レースの行方以外では、そのあたりが気になるくらいかな。

さすがに主人公だけあって、ジェンセン・エイムスのバックグラウンドは、一応きちんと作っているよ。
でも結局はレースがメインだから、
そこまで感情的にキャラクターを作りこむ必要もないし、
彼がレースに臨む心境とか、復讐心とか、そこから出て行きたい気持ちが汲み取れれば、それで十分だと思う。

ライバルたちの設定とか、エイムスのチームとなるクルーの設定とか、
典型的なところでは、諸悪の根源である所長のヘネシーのキャラクターとか、
かなりのベタ。
ベタベタもいいところ。
ヘネシーが女性なところも、ベタで笑ってしまいそうになったけど、
男性だと自ら力でねじ伏せるイメージがあるけど、
女性だと、囚人に力では到底勝てないなら、権力や武器、自分の立場を利用して、
凶悪な囚人たちを手玉に取っている、という設定ができたのは、いかにもそれらしくて、良かったんじゃないかな。
ベタすぎて、逆に苦手な人がいそうだけどね。

レースシーンは、ちょっと興奮してしまいました。
「スピード・レーサー」のレースシーンも楽しかったけど、これはお上品もお上品。
こっちの“デス・レース”のレースシーンは、とにかく野蛮。
マシンガン搭載が基準で、パナーム弾も飛び交うし、ミサイルも発射しちゃってる。
だからレースカーの行装もごついを通り越して、走る鋼鉄みたい。
それが相手を殺す勢いでレースをするのだから、興奮もするっしょ。
容赦のないレースに、年甲斐もなくわくわくしてしまいました。
どうやってエイムスは勝つんだろう、ってね。

そのジェンセン・エイムスを演じるのはジェイソン・ステイサム。
この方、リュック・ベッソン監督の「トランスポーター」で知ったから、ドライバーのイメージがかなり強い。
「トランスポーター」は黒いスーツ姿でスマートに車を乗りこなすけど、
“デス・レース”は明らかなブルー・カラーだからな。
それでも、筋肉もりもりになった背中が、いい感じ。
またもや、フランクって名前だったね。
実は「トランスポーター」もフランク。
“デス・レース”ではフランケンシュタインに成り代わっているから、呼び名は略してフランク。
どっちもフランクじゃん。
わざとだったらびっくりだけど、そうじゃないよね?
イメージがかぶるのは偶然だと思うけど、キャラクターが全然違うのと、
ジェイソン・ステイサムはドライバーズ・シートが良く似合う。
ここまでがふるのに何故、という疑問は残るけど、ドライバーが合っているから、いいのかな。
深く考えなくても。

レース中、助手席でコースや武器使用のナビゲーターをするのが、女囚ってところが、いかにもアメリカンな空気が感じられて、笑いそうになっちゃった。
やっぱり、セクシー担当女子は出てくるのね、ってね。
ナビが別にいるってところが、ちょっと驚きポイントではあったのだけど、
セクシー担当女子を登場させるには、理由が必要だもんね。
その程度の意味かと思ったら、いてもいなくても、って気もしたけど、
これ、多分、アメリカ的には、いなくちゃダメなんだろうな、なんて思っちゃった。

やはりレース中に、武器を使う為には、路上に設置されたポイントを踏まなきゃならない、ってアイデアを見て、
つい、マリオカートとかのレースゲームとか、ゼビウスみたいなシューティグゲームの類を思い出したよ。
これ踏むと、得点倍とか、バイタリティ一つ増えるとか、無敵になる、とかね。
レースには効果的だった部分もあったけど、
ちょっとゲームちっくな発想に、違和感があったかなぁ。
ちょーシリアスなエイムスの表情と比べちゃうとね。

結末については、ちょっと物足りなさが残っちゃった。
どかんどかんときたなら、最後もどっかーんとキメて欲しかったかも。
あれはあれで、結局は気持ちいいどかん、が最後にあったから良かったけどね。
分かりづらい書き方しちゃったけど、
所長をどかんと片付けるなら、エイムスがやれば気持ちいいのになぁ、って思っていたからね。
ま、チーム仲間がどかんとやってくれたから、すっきりはしたのだけど。

こうやって感想書き出すと、足りない部分、そうだったらいいのに、と思った部分がたくさん出てくるのだけど、
でも通してみれば、面白かったと思うんだ。
“そこそこ”の作品が多いな、というのは、最近の洋画の感想ではあるのだけど、
前回見た「イーグル・アイ」、前々回の「ウォンテッド」のそこそこに比べたら、
“デス・レース”の方が見終わってすっきり楽しかったと思うよ。
なんだろう、目的がはっきりしていた作品だったからかな。
それにレースの迫力自体で、見たかいがあったと思わされちゃう気もするし。
単純なストーリーが、レースに合っていたんだろうね。

少々エグいところもあるから、見る時は注意が必要かもしれないけど、
こんな感じのが好きだったら、見てもいいと思うよ。
最後のどかんが足りない気がするけど、それなりに楽しかったし。
レースシーンとかね。

実は、この作品、1975年の「デス・レース2000年」のリメイク。
とは言え、この元作品はブラックジョークの作品のようだから、
設定とかキャラクターは変えてなくても、コンセプト自体は変わっちゃってるって事みたいね。
どうも主人公もフランケンシュタインのままみたいだし。

最後に、俳優ジェンセン・アクレスファンの私としては、なかなか珍しい名前なのに、主人公と同じで、
全く違う次元で、興奮した事を、ここに告白しておきます。
お粗末。
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サイバー世界への警告 【イーグル・アイ】 [映画日記<2008年>]

「イーグル・アイ」を見たよ!

中東の町がモニターに映し出されている。
米国国防省長官、彼は選択を迫られていた。
モニターの人物こそ、ターゲットとして抹殺する人物か、否か。
照合結果、コンピューターは確率が低すぎると、“NO”。
ところが、大統領は“YES”の返事をする。
そして、ミサイルは発射された。
ジェリー・ショー(シャイア・ラブーフ)はしがないコピー店の社員。
貯金もなく、家賃も滞る始末。
仕事を終えてアパートに戻ってきた彼のもとに、母親からの電話。
それは、双子の兄イーサンの死を告げる電話だった。
実家に帰り、兄の葬儀を終えたジェリーが、再びアパートに帰って来ると、部屋には、見知らぬ荷物が、山となって積まれていた。
それを開けると、中身は、暗視スコープや、本物の銃火器。
困惑する彼の携帯には、非通知の電話が。
それに出ると、女の声で、今すぐ逃げろ、との指示。
何がどうなっているのか分からぬまま、ジェリーはFBIによって、テロリストとして拘束されてしまう。
無実を訴えるジェリー。
ところが、また女の声で、電話は告げる。
彼に、逃げる方法を。
強引に命令とも取れるやり方で、FBIから逃げ出したジェリーは、指示されるまま車に乗り込むと、運転席には知らない女性が座っていた。
シングルマザーのレイチェル(ミッシェル・モナハン)。
彼女もまた、息子を盾に強引に命令されて車にいたのだった。
奇妙な取り合わせの二人は、否応にも電話の声の命令に従わざるをえない状況に追い込まれ、
そして本人たちも知らない“何か”に巻き込まれてゆく。
電話の声の女とは、一体誰なのか。
ジェリーとレイチェルに、何をさせようとしているのだろうか・・・

サイバーテロのような、携帯電話のような電波や、監視カメラ、その他、ハイテク機器を駆使して、特定の人物を攻撃したり、思い通りに操ったり、自分の思い通りに世の中を動かしたり、というネタは、他にももはやたくさんあるのだよね。
「ダイ・ハード4」もそんなネタだった。
監視カメラから逃れる術はない、というネタもあったし、
確かに新鮮味がなくなってしまった。

そして、“誰が”仕掛けたのか、ではなく、“何が”そうさせたのか、という事になると、
ウィル・スミスが主演した「アイ・ロボット」が、まさにそういう作品だったのよ。
人間を助ける為に作られたロボットが、地球を守る為に、人間を守る為に、最後には地球を脅かす存在として“人間”を抹殺する手段に出る、という内容だった。

この「アイ・ロボット」を見ていたが為に、「イーグル・アイ」は途中で、
あの電話の女の声の正体を、なんとなく気づいちゃったんだな。
あ、またこれか、と。

もっとマニアックな事を言えば、
人工知能を持ったコンピュータが町を統治するのに使われている、というネタの、マンガを知っていて、
そのコンピュータは、“女性”だったの。

だから、この作品の、オチの部分に、驚きや新鮮さはなかったのが、正直なところ。
人工知能を持ったコンピュータの暴走。
「イーグル・アイ」の場合は、冒頭の中東での作戦の失敗から、アメリカがテロの恐怖に晒される結果になり、
“NO”の答えを出したコンピュータに逆らった人間、
つまりは、アメリカを、国を動かす人間全てを、大統領すらターゲットに、国家を脅かす存在として抹殺し、
新しい政府を作る・・・
作らなければならない、と判断したコンピュータを、
いかに止めるか、制御するか、がポイントな訳だ。

人間を守る為に作られたコンピュータが、自らの判断で、人間を守る為に、人間をターゲットとする。
こういう逆説的な、アイロニックなネタは、お話にし易いし、
じゃ、本当は何が大事なのか、という部分を、語り易いのでしょうね。
だから、このネタを持つ作品も増える、と。

だからと言って、面白くなかった訳じゃないんだな。
アクションが、どんなにすごいと言っても、最近は、全部、すごいんだけど。
それでも、息をもつかぬほど、次々と続くアクションに、夢中になったりしてね。

それと、アイロニックな部分と、アクションというところから離れて、
この騒動に有無を言わさず巻き込まれた、
ま、巻き込まれるには、ちゃんと理由があったのだけど、
ジェリーとレイチェルの、家族への愛、感情を、語らせよう、という意図は、ちゃんと見えたよ。

ジェリーの場合は、優秀で、良くできた、双子の兄に対する、ジェリーの負い目、そして、恩返し。
レイチェルは、一人で育てた息子サムとの絆。

ま、コンピュータ“アリア”の真相と、アクションに隠れて、いまいち目立った効果は得られなかったのかもしれないけど、
キャラクターに深みを持たせようとする努力は、して良かったかなと思うよ。

ジェリーの、兄イーサンへの複雑な思いってのは、もっと深めても良かったくらい。
兄と比べて、意思が弱く、行動派の兄とは対照的に、いつもぐずぐずしている自分に、少々嫌気がさしていたジェリー。
それでも、兄は、いつもジェリーを庇ってくれていた。
そのイーサンが、実はテロを企んでいたかも、と疑われて、怒りを隠しきれないジェリー。
そのイーサンが、実は、コンピュータ“アリア”の暴走を止めようとして、逆に“アリア”によって殺されていた事が分かると、ジェリーの行動力は、いままでにないほど、大きくなってゆく。
いつも庇ってくれた兄を、今度は自分が助けるんだ。
この部分を、もっとアピールしても良かったかもね。
最後なんて、ジェリー、驚くほど、行動的だもの。
大統領がいる場で、銃なんか撃ったら、絶対射殺されるのは分かっているっしょ。
それでも、そうせざるをえなかった。
そこまでさせたのは、やはり兄に対する気持ちがあったからでしょう。
今度は自分が、って気持ちだったからでしょう。
ま、兄だけじゃなく、レイチェルの息子への思いとか、FBI捜査官とのケミストリーとか、
コンピュータ“アリア”への恐怖とか、いろいろあったとは思うけどね。

兄へ思いをめぐらすジェリーを見ていて、某超常現象兄弟を思い出してしまったよ。
これは、病気だから、仕方がない。

コンピュータ“アリア”が、何故ジェリーとレイチェルを選んだか、というのは、最初は全く分からないようになっていて、
それが分かった時には、なるほどね!という驚きがあった。
特にジェリーは、双子ならでは。
ジェリーじゃなきゃダメだったんだ、って分かって、すごい納得して、気持ちよかったよ。
レイチェルしかり。

ネタとして二番煎じだと分かっちゃうと、たいした事ないな、って思う部分もあるけど、
それを知らなければ、知らない方が、純粋に楽しめるだろうね。
面白かった、って思うんじゃないかな。
それに、ハリウッド映画らしく、ちゃんとハッピーエンドで終わるってところも、相変わらず。
ジェリー、どうやって生き延びたんだ?

ツッコミどころとしては、
途中、ジェリーとレイチェルは、団体バス旅行の外国人のバスに乗るのだけど、
そのバスが、“MASAKO TURES”
「まさこ・ツアーズ」
日本人の、団体ツアーだよ。
それなのに、乗っている客を演じているのは、恐らく、というか十中八九、中国人。
「まさこ・ツアーズ」だけでも十分変なのに、
バスの客が、「こんにちわ」なんて言うんだけど、
その日本人客の「こんにちわ」でさえ、
「コン、ニィ~チワ」、って・・・
ジェリーもつられて「コン・ニィ~チワ」って言っていたけど、イントネーション、一緒じゃんみたいな。
相変わらず、ハリウッド映画って、日本がちょっとオカシイ。
いまだに、オカシイ。

それと、ものすごいマニアックで申し訳ないけど、
映画の内容とは全く関係ないけど、冒頭近くで、レイチェルが女友達3人で飲んでいるのだけど、
その時、左側にいる友達を演じているのが、
Brittany Ishibashiさん。
日系の方で、米ドラマ「SUPERNATURAL」のシーズン3、第13話「Ghostfacers!/恐怖の館」で、マギー(エドの義理の妹)を演じている方だったのね。
キレイな方で、日系で、しかもかなりの日本人顔で、大好きな「SUPERNATURAL」に出演していた方だったから、気づいてちょっと嬉しかったの。
すまん、それだけだ。

そこそこ楽しめるハイウッド映画って、確かに多いよ。
この作品も、そんな作品の一つだと思う。
でも、ガツンと面白い作品って、なかなかないよな。
ま、アクション映画に、そもそもA級ってのはないだろうし、
私、B級アクション映画大好きだから、そんなに文句もないし。
ネタを知らずに、楽しんで見て欲しいな。
あ、でも、このレビュー読んでいる時点で、もうネタバレしているから、ダメか。
そんな作品でしたよ。
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弾、曲げる 【ウォンテッド】 [映画日記<2008年>]

「ウォンテッド」を見たよ!

ウェズリー(ジェームズ・マカヴォイ)はさえないサラリーマン。
ボスに怒られ、恋人は友人に寝取られ、貯金はなし。
そんな毎日に嫌気がさし、何もかもどうでもよくなっていた時。
いつものドラッグストアーで、ウェズリーは一人の女性に会う。
その女性にあった途端、ウェズリーは銃で狙撃され、命からがら逃げ出す。
何故か応戦するその女性に助けられ、ウェズリーはとある紡績工場にたどり着く。
そこは、1000年前より脈々と受けつがれてきた“フラタニティ”という暗殺集団の本拠地。
そのリーダーであるスローン(モーガン・フリーマン)が言うには、
ウェズリーはそこの優秀な暗殺者であった男の息子。
その父が殺され、彼もまた命を狙われている。
クロス(トーマス・クレッチマン)という男が組織を裏切り、メンバーをひとりひとり殺している。
退屈な日常から逃れる為、父の復讐の為、スローンはウェズリーに仲間になるよう促す。
彼もまた、父から、暗殺者としての能力を受け継いでいるのだ。
迷った挙句、ウェズリーは、ボスに悪態をつき、友人を殴り倒し、フラタニティの一員となる事を選ぶ。
その日から、ドラッグストアーに現れた女性フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)に師事し、暗殺者になるべく、厳しい訓練が始まった。
そして、暗殺者として初の仕事を追えたウェズリーに、クロスへの復讐の糸口が見つかる。
果たして、ウェズリーの復讐は、一体どんな結末を迎えるのだろうか・・・

1ヶ月以上ぶりの、映画。
公開終了前に行けて良かった。

しっょぱなから、見せてくれます。
SF映画ばりの、ありえない動き。
「マトリックス」の親戚かと思ったよ。
ウェズリーの父親と思われる男が、オープニングに狙撃され、その敵を一瞬で殺すが、何キロも離れた別の狙撃手に殺やれるまでのシーンで、この映画の特注が、ほとんど分かるようになっている。
人間の身体能力をはるかに超えた動き。
そして、曲がる弾。
弾を曲げたのは、この映画が始めてじゃないかな。
気持ちいいほど、人間の脳髄が飛び散る。

一方で、ウェズリーの情けなさ加減も、かなりのもの。
演じているジェームズ・マカヴォイは、正直、こっちのさえないサラリーマンの方が、めちゃくちゃ似合ってた。
まなじりが下がっているから、そう見えるのかな。
この情けなさがあるから、この後、特訓を受けた後の彼が、暗殺者らしく、カッコ良く見えるってもんなのだけどね。

その特訓が、情け容赦ない訓練で、ちょっと驚き。
何の準備もない人間が、いきなりあんだけ殴られたら、死んじゃう気もするんだけど。
そのいい訳じゃないけど、脅威の回復風呂は、便利だと思った。
仙豆みたいなもんだね。

弾を曲げる訓練で、どんなアドバイスがあるのかと思ったら、本能に従え、ですか。
ワザじゃないのかと思ったら、意外にそうでもなく、回転をつけるように撃つんだね。
ま、現実では、それだけで弾が曲がる訳はないけれど、なんとな~く、納得させられちゃったところが怖い。

ウェズリーを鍛えるのが、アンジェリーナ・ジョリーが演じるフォックス。
この役は、彼女の為にあるようなものだわね。
強くて、セクシーで、そして悲しみを背負っている。
ちょっと、彼女なら、本当に弾を曲げている気がしてくるから、もっと怖い。

モーガン・フリーマン自体に威厳があるから、組織のリーダーであるスローンに威厳があって、実に良い。
織物から次の標的の名前を導き出す、なんて方法も、よく考えたな、と。
弾を曲げたり、織物がメッセージだったり、アイディアにひねりがあって、ともすると世にたくさんあるB級アクション映画が終わってしまいかねないところを、上手くフォローしている。
どこかマンガちっくな設定だけど、
人ができる能力に忠実にアクションを描きたいなら、ジャッキーやマット・デイモンをつれてくれば良いし、
どうせありえない動きを見せてくれるなら、とことん、ありえない世界を追求してくれればいい。
この「ウォンテッド」みたいにね。

ウェズリーが立派な暗殺者として、組織の一員となった後、復讐の話になるのだけど、
さ、いよいよって時に、この作品はあるどんでん返しが用意されている。
父親だと思っていた男が、実は父親ではなく、
復讐の相手だと思っていたクロスが、実はウェズリーを守る為に近づいてきていた事。
スローンの真の目的は、ウェズリーともども、クロスを殺す事であり、
何故クロスを始末したいかと言えば、彼が、スローンがやっている“裏切り”に気づいてしまったから。
スローンは、次の標的に自分の名前が出た時から、標的を自分の意思で勝手に決め、それを部下に実行させていた。
身を守る為に。
そして、クロスは、その事に気づいていた。
全てが“逆”だった訳だ。
ウェズリーは、すっかりと、騙されていた。
そして、出た。
あれだ、「STAR WARS」。
「I am your father.」
こんなベタでくるとは思わなかった。
クロスは、実はウェズリーの、本当の父親。
彼は、自分の息子には、暗殺者にはなって欲しくなく、なんとは普通の生活を送ってくれるよう、彼を見守っていただけ。
フォックスがウェズリーに近づいたのを知ったから、彼の前に銃を持って現れたまで。
なんら、ウェズリーを傷つけるものではなかった。
そうして、ウェズリーは、真実に気づく。

うーん・・・
この「I am your father.」はあまりにベタすぎて、正直、どうしたものかと思ったよ。
それまでは、このブッ飛んだ世界観を、楽しんでいたのよ。
アンジーもカッコイイし、ジェームズ・マカヴォイもだんだんサマになってきて、カッコ良く見えてきたところ。
そしたら、これだ。
渓谷の鉄橋から落ちる列車の中、転落しそうなウェズリーを助ける為に手を取ったクロスが・・・
「I am your father.」
確かに、今思えば、クロスは仲間を次々惨殺している裏切り者、にしては、優しすぎる印象だったんだ。
さぁ、何を信じる?
ウェズリー君?
な、展開。

自分の命を脅かすクロスを殺す為とはいえ、ウェズリーという一人の暗殺者を育て上げてしまった事は、スローンにとってマイナスではなかったのかな。
他に方法が、本当になかったのか。
これ、引っかかったところ。
いちいちツッコまなくていいところかもしけないけど、気になってね。

フォックスの最期は、ステキでしたね。ネエさん。
頭蓋骨破壊しながら、あの1周は、まぁ、夢みたいな話だけど。
なくとなくウェズリーとフォックスが上手くいくんじゃないかって思っていたから、なんだかもったいない気がしたわ。
最強のカップルになれたのにね。

最後、ウェズリーは、スローンを仕留めて、復讐も終え、立派な暗殺者になれたけど、どこかでどんでん返しなしで、ウェズリーが組織で生き生きと人を殺している、なんて結末も、見てみたかったかも。

なんて言ってみたものの、結局は楽しんで見ていたよ。
車が反転して、なんて感じは、ちょっと「スピード・レーサー」ちっくではあったけど、
ひぃひぃ言っているウェズリーを横目に、余裕しゃくしゃく顔で車を縦横無尽に走らせ、カーチェイスしているフォックスは、文句なしにカッコ良かった。
スローンを仕留める為に、紡績工場に乗り込んでいったウェズリーも、その銃さばきは、やはり「マトリックス」ちっくではあったけど、カッコ良く見えたしね。
ベタな展開でも、キャラクターと、アイディアのひねりで、まだまだ面白く見せられる事が分かったわ。
違う映画で、弾を曲げようものなら、「ウォンテッド」のマネ、と言われてしまうのだろうから、これはやったもん勝ちだわ。
B級アクション好きとしては、久しぶりに映画館へ見に行って、これなら良かったんじゃないかな。
そんな方は、是非。

ジェームズ・マカヴォイが主役だよ。
決して、アンジーじゃないよ。
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アンチヒーロー、か? 【ハンコック】 [映画日記<2008年>]

「ハンコック」を見たよ!

地球上でただ一人。
不死身の身体を持つ、スーパーヒーロー「ジョン・ハンコック(ウィル・スミス)」。
・・・のはずが。
年中アル中。
空を飛んでは、酔っ払って標識をなぎ倒し、ビルは大破し、車は吹っ飛ぶ。
悪を挫き、弱きを助ければ、その際の被害の方が甚大。
人々から、ついには嫌われたヒーローだった。
ある日、PR会社で働くレイ(ジェイソン・ベイトマン)は、ハンコックに命を助けられる。
そのお礼として、彼はハンコックに、人々からの印象を良くし、ヒーローとしてあるべき姿になってもらう為、あの手この手を考え出し始めた。
最初こそ、イヤがっていたハンコックだが、そのうちレイのペースに巻き込まれ、イメージ回復作戦にしぶしぶ乗り出す。
レイが考えた方法とは、法に則り、法廷侮辱罪やらなんやらで訴えられているハンコックが、裁判所のいうとおり、刑務所に入る事。
その間、犯罪件数はうなぎ登り。
やっとの事で、警察署長は、ハンコックに助けてもらう事を決心する。
調子にのったレイは、X-MENよろしく、ライダースーツのような衣装まで用意する始末。
それでも、人々に感謝される快感を味わったハンコックは、孤独だった今までを思えば、初めてまんざらでもない様子。
何もかも上手く行きかけた時、ハンコックの前に、驚くべき人物が現れる。
それは、レイの妻メアリー(シャーリズ・セロン)。
メアリーは、誰にも言えない秘密を隠し持っていた。
それはハンコック自身にも関わる、重大な秘密で・・・

TVのCMのせいだよね。
正直どうしようもなくろくでなしのハンコックが、正真正銘のスーパーヒーローに生まれ変わるお話、だと思ってた。
結局、めぐり巡って、そうなるんだけど、あのシャーリズ・セロンの役メアリーの役割が・・・
驚いたというか、予想外で、面白かったんだけど、でもそれなら、もう少しCMの内容が、どうにかならなかったのか、どうなのか。
予告編とかCMから受ける作品の印象と、ちょっと違っていて、多分、結果オーライではあったのだけど、びっくらこいたわ。

何を隠そう、ウィル・スミスは、外国人俳優に全くウトかった頃、初めてカッコイイと思った外国人。
であり、黒人。
「インディペンデンス・デイ」を、友達と見に行った時にね、そう思ったの。
まだ、ハリウッド俳優と言えば、ハリソン・フォードの顔くらいしか、知らなかった頃よ。

オレ様ぶりは、この人からはそれほど感じないけど、それでも彼だからこそカッコイイ、っていうエリアを持っている人。
この「ハンコック」も、彼だからこそ、っていうのは、確実にあったと思う。
ドランクでも、ろくでなしでも、最終的にカッコイイに納まるんだもんね。

ハンコックが、レイのおせっかいを受け入れる過程は、ちょっと唐突な気もした。
ハンコックが、自分のような不老不死の人間がいないから、彼にしか分からない孤独というか、ジレンマみたいなものを抱えているっていう描写が、ところどころあって、なんとなく納得はしたけど、それにしては素直すきだかな、というきらいはあったかな。
でも、レイが、もう見た目からして人が良くって、そのおせっかいがうやむやしながらも、納得しちゃったんだろうね。
ジェイソン・ベイトマンのキャスティングは、グッジョブって事かしらね。

一番の予想外は、前にも書いたシャーリズ・セロンの演じた、レイの妻メアリー。
こんなに重要な役だとは思わなかった。
むしろ、レイの方がいろいろ役回りがあるんだろうって思っていたくらいだからね。
宣伝的にも、シャーリズ・セロンの割りに、存在が薄かった気がしない?

だから、いきなり、メアリーがハンコックを冷蔵庫ごと吹っ飛ばした時には、最初、何が起こったのか、よく分からんかったよ。
で、あぁそういう事なのね、って具合い。
何でもかんでも、恋愛要素をからませたがるのは、ハリウッドの特徴でしょ。
だから例外でもなんでもないんだけど、
むしろ、ハンコックが、自分が記憶喪失で、自分が何者か知らず、不死身の身体を持っている理由も知らず、
ってシーンがあった時、何か予想するべきだったのかな。
結局、ハンコックもメアリーも、なんでそんな不死身の不老不死の存在なのか、その理由は明かされていないんだけど、
メアリーの勢いと気の強さに、ずっと圧倒されっぱなしのハンコックは、おかしかった。
レイ抜きの二人の会話は、面白かったよ。

ハンコックとメアリーの秘密に関するストーリーが後半の中心で、
そのせいというか、それがメインだった訳だから当たり前なんだけど、
ハンコックに対する、絶対的な敵がいる訳ではなかったんだよね。
私は、最初、すんごく強い敵、もしくは天敵みたいなモノが現れて、ハンコックが改心する理由なんかが、そんなところにあるんじゃないかって思っていたの。
生死をかけた戦いというかね。
あ、元々、死なないから、生死はかけられないか。
あ、だから、不死身じゃなくなる設定があったのね。
天敵じゃないから、敵は存在も薄く、何でそこまで執拗にハンコックを追うのか、分からなかった。
というか、どうでもよくなっちゃった。
ハンコックが不死身じゃなくなる理由も、敵のせいではなく、何故かハンコックとメアリーが出会うと、二人とも普通の人間として生きる事ができるようになる、という設定のおかげ。
ハンコックとメアリーは、お互い、どこにいても、どの時代でも、引きつけあい、愛し合うはめになるのだけど、
そうなると、二人は、普通の人間になってしまう。
つまり、死ぬ事ができるようになる。
でも、不死にからんで生と死を語る作品でもないから、その点は、あくまで軽~く。
ハンコックの記憶喪失をキッカケに、二人はお互いそれぞれ、違う道を選ぶ事ができた、ってところが落としどころ。
レイが捨てられなくて、ホント良かった。
そうじゃなかったら、レイ、可哀想すぎだもんね。

納まるところに納まって、まぁ納得のラストだったと思うよ。
こういう軽くてハッピーな作品って、ハリウッド独特。
結果はいつも同じ、でも、やっぱり見れば楽しい。
ワナにハマってるな。
いや、逆に、ワナにハマって見るのが、礼儀かも。
そうやって、楽しむものでしょ。
で、今回も、ウィル・スミスはカッコイイなぁ、ってところに落ち着くんだなぁ。
妙ちくりんに“駄作”とか騒ぐのは、ナンセンス。
このノリを楽しむのが、ハリウッド大作の楽しみ方よ。
でしょ。
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3Dアニメの良し悪し 【スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ】 [映画日記<2008年>]

「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」を見たよ!

ドゥークー伯爵率いる、ドロイド軍団を大量に擁する分離主義者たちは、ジェダイに守られた共和国から離脱、ついに戦いを挑み、銀河系はクローン戦争に突入した。
晴れてジェダイの騎士となったアナキン・スカイウォーカーも、師匠のオビ=ワン・ケノービと共に、各地の紛争に飛び回っている。
そんな中、ジェダイマスターのヨーダは、アナキンに新しいパダワンをつける。
彼女の名は、アソーカ・タノ。
アソーカはまだ若く、未熟で、そしてギャル。
無鉄砲なアナキンのさらに上を行く無鉄砲さ加減で、アナキンを終始唸らせていた。
ある日、ジャバ・ザ・ハットの息子が誘拐される事件が起こる。
焦ったジャバは、その解決をジェダイに依頼するが、同時にこの誘拐事件の裏では、様々な思惑が働く。
ジェダイ擁する共和国は、ジャバが力を持つアウター・リムでの航行を条件として、ジャバの依頼を受け、誘拐された息子を捜し始めるが、裏で糸を引くドゥークー伯爵もまた、有利に事を運ぶよう暗躍していた。
ジャバの息子を奪回したアナキンに、ドゥークー伯爵の配下のアサージ・ヴェントレスが立ちはだかる。
その危機に駆けつけるオビ=ワン。
果たして、ジャバの息子は、無事に父の待つタトゥイーンに帰れるのか。
そしてドゥークー伯爵の思惑は、共和国に知られぬまま、どこへ進んでいくのだろうか・・・

3Dアニメです。
予告編で見た時、確かに大好きな「STAR WARS」の一部ではあるけれど、正直、これはどうなの?
と思ったのは、私だけではあるまい。
顔は映画の俳優たちに、できるだけ似せてあるのは良かった。
その前に作られていたいわゆるフツウのアニメの「クローン戦争」は、深夜TV放映したやつを見たのだけど、あれは個性的すぎて、見るというより“耐える”って感じだったよな。
なので、この3Dアニメは、そういうものだと思って、見慣れてしまえば、どうって事ないのかもね。
個人差はあるだろうけど。

この「クローン戦争」は、映画でいうところの、エピソード2「クローンの攻撃」とエピソード3「シスの復讐」の間。
エピソード2「クローンの攻撃」はちょうどこのクローン戦争の始まり(ジオノーシスの戦い)のお話だったからね。

アナキンが立派にジェダイの騎士になってます。
確か、2Dアニメで、独り立ちしたんだったかな。
そして、ついにパダワン・ラーナーまで持っちゃって。
そのアソーカ・タノというキャラは、好き嫌いが分かれそう。
特に、日本語字幕が、ギャルギャルしてるんだな。
アナキンの事、「スカぴょん」だもん。
「~じゃん」も多用。
この翻訳は、ある意味、スマッシュヒット?
内容的に、映画版より少しくだけた感じで、軽めで軽快なセリフとかを持ち味にしているのね。
そして、無鉄砲でお転婆で、経験不足で未熟なアソーカが、一生懸命アナキンに認められようと、頑張る姿が、1つのテーマ。
対象としている視聴者の年齢が、明らかに映画より低いとみた。
アニメの特権かな。
クローン・トルーパーが、いくらやられちゃっても、所詮アニメ。
そこにそれほど生々しさはない。
クローン戦争自体は、重々しい内容のはずなんだけど、
ま、それが違和感であったのだけど、この3Dアニメの映画そのものは、決して重たくないんだよね。
だってさ、結局ところ、ドゥークー伯爵に利用されただけかもしれないけど、ジャバの息子の誘拐計画だって、そそのかされたジャバの叔父ってのが犯人でさ、しかもその叔父は、オネェキャラ・・・
えー!!
びっくりした。
最初、冗談かと思ったよ。
そういう、ギャグ交じりでもOKな作りなのよね。
だから、アソーカも、アマキンに対して、ギャルギャルする訳。

私は、アソーカは、嫌いになれなかったけどね。
頑張って、アソーカとアナキンの心のつながりを表現しようと、二人の表情とかをすっごく作りこんでいるのが分かった。
そこばっか頑張っているのが分かっちゃって、技術が進んだとはいえ、3Dアニメの限界も感じちゃったけど。

とはいえ、ライトセーバー同士の戦いとかは、結構いい感じになっていたかな。
個人的に思ったのは、あのライトセーバーの戦いってのは、生身の人間が演じるからすごいなと思う訳で、
アニメだと何でもできちゃうから、あんまり凄みが感じられなかったりする。
で、このクローン戦争から、大型や中型のウォーカーやなんとか型ドロイドといった、機械ものが多く登場してくるんだけど、
これも3Dアニメで見ると、レゴのおもちゃっぽい。
同じものなのに、やっぱりちょっとちゃちく見えるのは、仕方がないか。
そこをツッコんでもね。

アナキンのダークサイド部分は、この作品からは全く感じないよ。
アソーカを見守る、いい師匠。
敵陣にこっそり入り込むため、箱かぶってもそもそ移動している師弟コンビを見ていたら、なんだか拍子抜けしてきた。
思わず、笑っちゃった。
この二人が、ギャグ担当かと。
そこまでフザケてもいないけど、でも、オビ=ワンなんかは、あくまでストイックなジェダイだから、ボケられるのは、この二人しかいないか。
まさか、ヨーダがボケる訳にもいかんしね。

ドゥークー伯爵の顔が、最後までオカシかった。
なんか顔の作りが変で。
・・・馬面。
声は、ちゃんとサー・クリストファー・リーが演じていたのにね。
それと、C-3POも、映画版と同じアンソニー・ダニエルズが声を当てていたよ。
同じキャストがアテレコしていたキャラクターは、他にもいたかもしれないけど、ちょっと分からなかったわ。
声に関しては、アナキンはヘイデン・クリステンセンじゃないし、オビ=ワンもユアン・マクレガーじゃないけど、違和感は全くなし。
これも良かった点。
先に映画を見ているから、どうしてもイメージが出来上がっちゃっているもんね。
それを崩さず、アニメを作ったのは、正解だったと思うよ。
顔を似せたのもそうだしね。

それはそうと、アサージ・ヴェントレスの顔は怖かったなぁ。
でも、アメコミでは、あんな顔。そのまんまだった気がする。
あの顔を生身で演じるのは、ムズカシイ・・・

結局のところ、私は思ったより楽しんで見ていたかも。
ジャバの息子のフォルムとか、ウソーって思いながらも、ちょっと夢中になってた気がするわ。
ややムリヤリな展開も、アニメなんだし、この程度ならアリかな、なんて許容しちゃったりしてね。
映画と全く同じだとは思えなかったけど、スピンオフの世界が、ありえなく膨大な「STAR WARS」の世界だから、それを思えば、まだまだ本家本元の映画版に近い方じゃないかな。
これ、TVの世界で続くらしいから、見ろとも見るなとも言えない。
参考資料的な。そんな感じ。

やっぱり、比べちゃったね。
仕方がないんだけど。
でもエピソード3に続く訳だから、結末は変わらないんだよね。
軽い気持ちで楽しむ「STAR WARS」ってのがあるのなら、これがそうなんでしょう。
映画版は、なかなか軽い気持ちでって訳にはいかんからね。
地元に近いシネコで、先週末ですでに上映回数が減っちゃってた。
時間が合わなくて、その先まで行ったくらいだから。
見たい方は早くした方が良さそうだよ。
あっという間に、上映終了しそうだから。
お早めに。
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悩む・・・ 【ダークナイト】 [映画日記<2008年>]

「ダークナイト」を見たよ!

ゴッサムシティでは、マフィアのマネーロンダリング銀行の摘発に、バットマン(クリスチャン・ベール)や、彼に協力的な警部補ゴードン(ケイリー・オールドマン)らは精力的に動いていた。
そのマフィアの金を奪おうと現れた強盗たちは、次々と仲間割れを起こし、一人一人と死んでゆく。
彼らをけしかけたのは、道化のメイクに素顔をかくし、自らを“ジョーカー”(ヒース・レジャー)と名乗る、謎の犯罪者。
ジョーカーはマフィアたちに、自分がバットマンを殺したら、金の半分をよこせと持ちかけるが、
彼が求めていたのは、決して金ではなく、
ルールに則った正義をぶち壊し、暴力も絶望も全てはジョーク。
彼なりの信念を貫き、ゴッサムシティで好き勝手に暴れまわる事だった。
ジョーカーが目をつけたのは、犯罪没滅に全勢力を傾ける、検事のハービー・デント(アーロン・エッカート)、そしてバットマンであるブルース・ウェインの元恋人、今はハービーの恋人である検事補のレイチェル(マギー・ギレンホール)。
バットマンとジョーカー、宿敵同士の戦いの結末は、果たしてどうなるのだうか。

前作「バットマン・ビギンズ」に引き続き、バットマンを演じるクリスチャン・ベール、監督のクリストファー・ノーランは続投。
この作品自体、すごくクリストファー・ノーラン色の強い作品。

すごく評判の良い作品。
そんなレビューが多い中、私はちょっと、今回はオカシイです。
これ以下、書き始めたら、何故だか私のお悩み相談室になってしまっているので、
まともなレビューをお求めの方には、たいしてお役に立てません。
あしからず、ご了承下さいね。
それでも良いという方は、続きをどうぞ。

見終わってね、すごく疲れた。
そして、長かった。
でね、感想書こうといろいろ考え始めたら、気づいたんだけど、私、なんだかよく分からなかったんだ。
もちろんストーリーが分からないんじゃなくって、どう分からないのか、私も自身もよく分からない感じ。
何が一番、私の心に残ったのか。
すごく、気持ちが悪い。

まず、1つ、これは失敗したな、と後になって気づいたのは、タイトルの「ダークナイト」が、
実は「Dark Night」だと思っていた事。
違うのよ。
本当は、「Dark Knight」。
暗黒の騎士、つまりはバットマンの事なのね。
だからなのだけど、この作品は、ダークナイトであるバットマンが、バットマンたらしめる内容だって事。
基本的に、バットマンは、自警市民という事で、警察としては取り締まらなくてはいけない相手。
どんなに市民を守っても、つまはじき者なんだよね。
ごめん、私、バットマンがフリークだって事を、消化できなくなってる。
むやみやたらに悪人だからって殺したりしないし、市民をちゃんと助けて、犯罪撲滅に協力して、
どうしてもヒーローにしか見えなくなってる。
だから、警察にも追われ、市民にも嫌われ、ジョーカーとの対決でボロボロにされて、っていう根本が、よく分からなくなっているだ。きっと。

それとね、ヒース・レジャーが演じたジョーカーが、すごく評判がいいでしょう。
確かに、ヒース・レジャーだって分からないほど、ジョーカーなのよ。
しかも、キャラが濃くて、気持ち悪い。
生理的に嫌悪感があるな、このキャラ。
考え方とか簡単に殺すのがイヤなんじゃなくって、話し方とか、雰囲気とか、何かにじみ出るものがイヤ。
顔の古傷のせいで、しょっちゅう舌でぺろっとするのも、ヤダ。
彼の演技が素晴しいが故に、バットマンよりも、正直、存在感があったのかもしれない。
バットマンの活躍より、ジョーカーの手際の良さに、うなってしまったよ。
あのナースのコスプレはヤラれたなぁ。

ハービー・デントがまた曲者で、後半、彼はトゥー・フェイスでしょう。
見た目のインパクトが大きすぎるのもあるのだけど、大分ラストに近いあたりから、彼が違う意味で活躍してきて、ジョーカーが悪の象徴でいるのに、彼もまた悪の側に流れていって、バットマンと相対するキャラが、ここで二人になっちゃったんだよね。
しかも、最後はあれは完璧に死んだの?
だって、彼だけで、1本作品が作れる悪キャラなんでしょ?

分かった。
バットマンというか、ブルース・ウェインに感情移入して見ていた「バットマン・ビギンズ」と違って、この「ダークナイト」は誰の目線で作品を見ていたのか、私自身が分からなくなっているんだ。
だから、なんだか分からない感じがするのかも。
なんかね、ブルースが巨大企業の会長として、女性を両腕にはべらせて、パーティーとかに現れるシーンで、妙にほっとしたんだ。
あぁ、ブルース・ウェインだって。
今はこんないけ好かない金持ちだけど、実際はバットマンとして市民を守っているだぞ、って想像できるシーン。
お腹一杯すぎたのかなぁ。
ものすごい贅沢な悩みだけど。
どこがラストになるのか、ちょっと分からなかった、というのも正直なところ。
ジョーカーが敗れたところで終わりなのか、ハービーが死んで終わりなのか、
結果として、バットマンが姿を消して終わりなのよね。
後半は、ずっと盛り上がりっぱなしだった気もする。

作品としては、評判通りだと思うよ。
アクションなんかは、ツッコミどころもなし。
クリスチャン・ベールも、ちゃんとカッコイイ。
今なんかふと気づいたんだけど、バットマンに感情移入して見ようとしたが故に、ジョーカーのイヤらしさに焦点が狂わされたり、予想外のトゥー・フェイスの存在が気になったりして、自分の中の軸がブレちゃったのかな。
140分ちょいの上映時間を長いとするかどうかは、内容を気に入るかどうかだと思うのだけど、
人が殺されたり、グロめな映像が苦手な人はツライかも。
それと、なかなか音楽まで普段気に止まらないのだけど、この作品の音楽は、すごくよくその時登場しているキャクターの心理を表現しているな、と感心したわ。
とにかく、不安をかきたてるような、まるでホラー映画のような、緊張感のある音を使ってた。
不協和音で、くるぞ!くるぞ!って思わせるような音ね。
で、くる!って思ったら、タイミングはずさせて、必要以上に驚いたり。
そういえば、とあるシーンで、隣に座っていた男性が驚いてびくっとしてね、それに私が驚いたわ。

どうもしっくりこなかったのが、気持ち悪い。
ジョーカーの独自の理論めいたセリフも、すーっと頭に入ってこなくって、字幕との相性が悪かったのかな。
今回のこの感じは、作品のせいじゃなくって、完全に私の方の問題だと思うんだけどね。
誰か、私みたいに、見終わった後に気持ち悪い感じを味わっている方、いるのかしら。
みんながみんな高評価って訳じゃないとは思うんだけど、あまりに評判が良いし、もちろん興行成績も良いもんだから、私がオカシイのかと思うんだけど・・・
フクザツな気分だわ。

それなりに期待して見に行ったから、なんだか本当にしっくりこない。
ダークヒーローものも好きだし、基本的にアメコミ原作ものはウェルカムなのに、どうしちゃったんだろうね。今回は。
ま、たまにはこういう事もあるんだな、と思うしかないよな。
うん、仕方ない。
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カンフーサイコー!! 【ドラゴン・キングダム】 [映画日記<2008年>]

「ドラゴン・キングダム」を見たよ!

えー、公開間もない作品です。
結末までネタバレしてますので、読まれる際は、ご注意を!!

カンフーオタクの少年ジェイソン(マイケル・アンガラーノ)は、オールドホップが経営するチャイナタウンの小さな店で、カンフー映画のDVDを物色していた。
その時、奥に部屋に、金色の長い棒が置いてあるのに気づき、惹かれるように手に取る。
ホップに、売り物ではなく、持ち主に返す為に、ずっとその持ち主を待っているのだと聞かされたが、彼はその棒が気になっていた。
店の帰り道、運悪く町のワル仲間にからまれ、ジェイソンがホップの店の知り合いだと分かると、店の襲撃にムリヤリつき合わされてしまう。
ワル仲間たちは次々と店を物色し始めても、どうにもできないジェイソンは、ホップの顔を見つめるのみ。
その時、ほんのささいなキッカケからワル仲間のリーダーの少年が、持っていた銃を発砲、ホップが撃たれてしまう。
元々、仲間ではないジェイソンは口止めを迫られるが、ホップの「棒を持ち主に返してくれ」の言葉に押されるように、棒をつかむと店から飛び出した。
ジェイソンを追う少年達。
ビルの屋上に追い詰められたジェイソンは、何かの力にひきづられるまま、屋上から転落してしまう。
死んだと思ったジェイソンが目覚めると、何故だか見覚えのない服を着ており、周りにはアジア人、飛び交う中国語。
ジェイソンが家から飛び出すと、そこは雄大な自然が広がる、山の中の農村だった。
突然、村は軍人の襲撃に合う。
帝国<キングダム>は、ジェイド将軍(コリン・チョウ)により、圧制が行われていた。
軍人は、ジェイソンの持つ棒を見ると、何故か彼を捕まえようと追いかけてくる。
逃げるジェイソンを助けたのは、一見ただの酔っ払い、本当は酔拳の達人ルー・ヤン(ジャッキー・チェン)だった。
ルーは、ジェイソンの持つ“如意棒”の伝説を語って聞かせる。
かつてジェイド将軍と戦った“孫悟空”は、ジェイド将軍の言葉を信じたが為に、“如意棒”を失い、将軍の魔力で石に変えられてしまう。
その“孫悟空”を解放する為に、“如意棒”を持った導かれし者が現れると言う・・・
それがジェイソンが持っている“如意棒”。
そして、ジェイソンが元の世界に帰る為には、“孫悟空”を解放するしかない。
ジェイソンはルーと共に石の“孫悟空”のいる、そしてジェイド将軍のいる五行山へ向う。
途中、同じく“如意棒”と“導かれし者”を探す旅の僧サイレント・モンク(ジェット・リー)、ジェイド将軍を両親の仇とするスパロウ(リュウ・イーフェイ)と出会い、ジェイソンは、ルーとサイレント・モンクという最高のカンフーの師匠を得、カンフーの修行をしながら旅を続ける。
だが、ジェイド将軍も、黙っている訳がなく、白髪魔女や大量の兵を差し向ける。
果たしてジェイソンは無事、“孫悟空”を解放して、元の世界に戻れるのだろうか・・・

あらすじが長くなっちゃった・・・

カンフーサイコー!!
まず、これでしょう。
ジャッキー・チェンとジェット・リーが共演したカンフー映画が、もし面白くなかったら、カンフーの神様のバチが当るよ。

ジャッキー演じる酔拳の達人ルーと、ジェット演じるサイレント・モンクが出会うシーンは、強烈なカンフー対決が見られる。
お互い、幼少の頃から鍛えているベテラン同士。
何をか云わんや。
そのスピードは、目で追いきれないくらいよ。ホント。
細かい動きは、動体視力で追いつかないもの。
しかも、酔拳、カマキリ拳、虎拳などなど、すごくメジャーな“拳”が見られるだけでも嬉しい。
動物がCGで動くカンフーじゃないよ。
実際に、俳優が演じるカンフーだからね。
美しいと思うもの。
なんて言うんだろう。
“間”と言うか“流れ”と言うか、止まる動くにすごいキレがあって、流れに強弱があって、それでいて休む間もないと言うか、畳掛けるようなカンフーは、力強くて美しいよ。

このアクション監修がユエン・ウーピンだと知って、やはり巨匠に依頼したのね、と納得。
この方、「マトリックス」シリーズや「キル・ビル」シリーズのアクション監修で名前が知れたのかもしれないけど、元々、中国のカンフー映画などではずっと活躍なさっていた、すごい方。
その功績から、ウォッチャウスキー監督なんかは、どうしても協力して欲しいって、口説いたみたいだから。

もちろん、ジャッキーの映画は好きで、結構たくさんの作品を見ているけど、やはりカンフーには中国が似合う。
当たり前なんだけど、西洋人に囲まれてカンフーをしているより、ずっとしっくりくるんだな。
ジェット・リーも、「SPIRIT」とか見ているから、ああいう純粋なカンフーもいいけど、
この作品は、笑いの要素も恋愛の要素も、はたまた人生の教訓やら、武道の哲学やらも含んだ、エンターテイメント作品だってところに、価値がある気がする。

そもそもストーリーは、アメリカから突然見知らぬ世界に迷う込んでしまった、アメリカの弱っちぃカンフーオタクの青年を中心に進んでいく。
アメリカで、予想外の良い成績を残したっていうのは、実はこのストーリー展開の上手さというか、アメリカ人好みの展開にあると思うのだけど。
ジェイソンは、カンフーオタクなだけで、本人はどうも煮え切らない普通の青年。
容姿も普通だし、町のワルにからまれても何もできないし、言われるまま店の襲撃を手伝わされちゃうところなんかも、ある意味、普通以下な気がしなくもない。
そんな青年が、別世界にいる間に、カンフーの特訓を受け、徐々に強くなっていく様とか、ありきたりというばそうかもしれないけど偶然から“導かれし者”になり、使命を果たそうとやっきになる姿とか、頼もしい仲間の存在とか、最後は勇気を振り絞って一人で敵に対面するとか、彼に感情移入して、自分まで彼になったような気分で、強くなりたいとか、何かを成し遂げたいとか、自分では簡単にできそうもないような事を代わりに達成してくれる、そういう気持ちにさせてくれる展開が、たくさんの賛同を得られた原因ではないかと思うな。
しかもそれが、現実世界に戻っても、有効だってところが、またニクイ。

だから、この作品って、カンフー映画の名を借りた、一人の青年の成長物語になっているのね。
ただ、ジャッキーとジェットが共演したカンフー映画ってだけでは、こうはいかなかった気がする。
映画を見終わって、面白かったって思えたのは、このジェイソンが強くなっていく様を擬似体験できたから、なんだと思うな。

あとね、見終わって、なんでこんな簡単なトリックに気づかなかったんだよ私、って思ったのだけど、
ま、見事に引っかかったおかげで、思う存分、制作陣の思う壺にハマれた訳だけど、
ジェイソンのいる現実世界と、カンフーの別世界。
これが、また、上手くリンクさせたというか、ニクイ演出というか、見終わって、こんなに清々しく面白かったって思えたのは、その演出のおかげ。
オーブニングで、ジェイソンは“孫悟空”の夢を見ている。
その“孫悟空”を演じているのが、ジェット・リーだと、なんで気づかなかったのか。
その後も、“孫悟空”は登場して、その度、あの金髪ともじゃもじゃ金髪まゆげに惑わされちゃったんだよね。
しかも、あのサイレント・モンク自体も、感のいい人なら、“孫悟空”の髪の毛から作り出された“孫悟空”の分身だって、気づいたかもしれないよね。
私は、ラストで髪の毛に戻るまで、全く気づかなかったよ。
その前のシーンで、“孫悟空”が髪の毛から自分の分身を作り出すシーンが、わざわざあったのに。
これ伏線になっていたのに、気づかないから。
だって、たとえ“孫悟空”がジェイソンの活躍で解放されたからって、“孫悟空”自身は、そんなジェイソンの活躍を知らない訳でしょう。
なら、ジェイソンは報われないなぁ、って思って。
現実世界に帰してもらわなきゃいけないのに、どうやって説明するのかな、なんてのん気に思ってたよ。

それと、オールド・ホップにも、ヤラれた。
すごい老人で、しかも酔っ払いで、声もしゃがれてて、誰だよこいつ、くらいに思ってた。
しかも撃たれちゃうし、え、死んじゃうの?ってね。
それが、ジャッキーだったなんてね。
しかも、ルーは、旅の途中で白髪魔女の放った矢に射られて、瀕死の重傷を追う。
で、ジェイソンは、そんなルーを見捨てる事ができずに、一人でジェイド将軍に対面し、“如意棒”と“不老不死の霊薬”を交換しようと申し出る。
もちろん、いろいろあって、簡単には手に入らないんだけど、
最終的には、ルーはその霊薬のおかげで、死なずにすむんだよね。
という事は、彼は不老不死になった、って事。
だから、ラストでオールド・ホップが救急車に運ばれる時、ジェイソンが彼の安否を尋ねると、ホップ自身が「(自分は)不老不死だから死なない」と言った瞬間、ホップの顔がジャッキーだと分かって、もう嬉しいやら悔しいやら。
ルーは、ちゃんと現代のジェイソンに出会っていた訳だ。
しかも、ちゃんと酔っ払ってたし。
思わず顔がニヤけちゃったよ。

それに、オマケだけど、ホップの向かいの店の店員が、スワロウだった。
スワロウとジェイソンは、途中、なかなかのいい仲に発展しそうな雰囲気だったからね。
でも、スワロウは、両親の復習は果たせたけど、命を落としてしまう。
こんなところで、こんなオチか、と、思わず笑ってしまったよ。

現代に戻ったジェイソンは、当然、ワル仲間から逃げている途中。
ジェイソンを取り囲んだ少年達は、彼にチクるなと迫る。
リーダーの少年は、ジェイソンをどついたり、投げ飛ばしたり。
私たちは、ジェイソンがあっち別世界で、カンフーを習い強くなった事を知ってる。
いつ、逆転するのか、ワクワクして見てたよ。
そして、ついに、ジェイソンは、ワルのリーダーをやっつける。
逆転勝利。
他の少年たちも、ジェイソンの逆襲にビビって、逃げ出すしまう。
この結末が、多分、気持ちいいんだよ。
アメリカで、良い成績が残せたのも、このラストシーンの功績が大きいんじゃないかな。
もちろん、日本で私が見ていても、気持ちいいんだからね。

それとね。
いつも思うのだけど、日本人の女優さんには、絶対にないだろうと思う事なのだけど、
ハリウッドの女優さんも、中国の女優さんも、アクションに対する姿勢が、本当に頭が下がる思いがする。
とにかく、なんでもこなしてしまう感じがすごい。
私、日本の女優さんで、ここまでアクションをした人を知らない。
ワイヤーにも吊られるし、型もこなす。
アザなんかのケガも日常茶飯事なんだろうね。きっと。
日本じゃ、ちょっとケガしただけでも大騒ぎだもんね。
そんなんじゃないんだよね。
もう、ジャッキーやジェットと一緒にアクションしても、見劣りしないくらいまで、なんでもできるように訓練ちゃうんだもん。
よくある芸能記事で、“挑戦”しました、とかあるけど、彼女たちは“挑戦”じゃないよ。
“完成”じゃなきゃ、意味がないの。
レベルが違うのかな。
こんな事までしたんだよ、じゃなくって、できなきゃダメ。
完成したシーンが、見劣りするようじゃ、キャスティングされた意味がないんだよね。
すごいよなぁ。
昔、「キル・ビル」をみて、栗山千明が鉄球を振り回して、高校生刺客のゴーゴー夕張を演じた時に、よくやった、って思ったけど、よく考えれば、この作品はハリウッド映画だもんね。
そりゃ、やれる訳だよ。
男性のアクションも、日本じゃ、素晴しいレベルってのにはお目にかかれないし、見習ってくれたらいいなぁって思ったわ。

途中まで、すこぶる評判が良い理由はなんだろう、なんて思っていたけれど、最後まで見たら、久しぶりにすっきり清々しく面白い作品だな、と思ったわ。
この作品は、オール中国ロケ。
監督や脚本はアメリカ人だけど、スタッフの大部分は中国人やアジア人。
脚本家のジョン・フスコは、ジェイソンを投影した人物らしい。
いや、逆か。
ジョン・フスコの投影がジェイソンなのか。
一部ではアメリカ人の好みが感じられ、一部ではものすごく中国の伝統とカンフーの魅力を感じる。
これって、本場の中国人が見ても、そう思えるのかしら。
中国人に聞いてみたくなったわ。
カンフー映画好きにはもちろん、見てみたいけど何を見たらいいか分からないって人にも、すごくお勧め。
中国の、雄大で美しい、水墨画から抜け出してきたような風景も見れるしね。
これから夏休みだし、少年たちが見ても、すごく楽しいと思うよ。
その昔、ブルース・リーを見て、映画館を出た時に、みんながみんなブルース・リーになっていた、現代のパパたちが見たら、子供をさておき、パパ自身がカンフーの型をしながら、道を歩きたくなるかもしれないね。
ちょっとでも興味を感じた方がいらしたら、是非、映画館に足をはこんでみて下さいな。
きっと、帰り道で、カンフーの型を真似したくなると思うよ。
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とにかくレースシーン! 【スピード・レーサー】 [映画日記<2008年>]

「スピード・レーサー」を見たよ!

カーレースをする為に生まれてきたような男、スピード・レーサー(エミール・ハーシュ)。
レース中のクラッシュで、天才ドライバーであった兄レックスを亡くしたスピードは、兄の後を追うように、レースにのめりこむ。
彼がレースで使用する車の整備は、パパを中心とする家族経営で、レースをバックアップするレーサー・モーターズが全て担っていた。
レースで名を上げたスピードの元に、大企業であるローヤルトン工業から後援のオファーがあるが、家族を大切に思うスピードが、その契約を断ると、ローヤルトンは、レースは全て八百長、全て企業の利益の為、レースの勝敗は最初から決まっているのだと明かし、この契約を破棄する事は、レースの裏で動く、大企業を敵に回す事だと、スピードを威嚇する。
しかし、その脅しに屈しなかったスピードは、家族の協力の下、レースに挑む。
レースの不正を正したいとスピードに協力を求める、レーサーX。
過酷でルール無用のレース。
スピードは、幾多のレースを勝ち残りながら、一人の男として成長してゆく・・・

言わずと知れた、昭和のアニメ「マッハGOGOGO」を原作に持つ、この「スピード・レーサー」。
ふざけた名前だなぁ、と思っていたら、実際には日本で「マッハGOGOGO」が放映された半年後には、「スピード・レーサー」の名で、すでにアメリカで放映されていたんだね。
知らなかったわ。
で、それを見て育ったのが、今回、監督をしているウォッシャウスキー兄弟。
挿入歌も、オープニングも、エンディングも、あの懐かしい「マッハ、GO!GO!GO!」と、聞き覚えのある曲がかかって、監督の作品に対するリスペクトが伺えて、日本人として、ちょっと鼻が高い気分になったわ。

私としては、本物の「マッハGOGOGO」は、タイムリーでは決してなく、
恐らく再放送を、数度見た記憶があるだけで、
覚えているのは、白黒より少し色がある程度のカラーの映像と、
「マッハGOGO、マッハGOGO、マッハGOGOGO~」という曲と、ハンドルの周りに並んだアルファベットのボタン、
主人公の、白いヘルメットから覗く素顔、くらい。
当時、このアニメを見て、感動したウォッシャウスキー監督の感動を分かち合えないのが、唯一寂しいところ。

トレイラーで初めてこの作品を見た時、なんじゃこりゃ~、という感想と共に、すごく期待を覚えたんだ。
だって、とにかくスピード感のあるレース映像が、何より興味を引いて、何かすごいものができあがるんじゃないかっていう期待感があった。
正直、昭和のアニメをハリウッドが映画化するって聞いた時、期待感は全くなかった。
何か、得たいの知れない、とんでもない作品ができあがるんじゃないかって、心配こそすれ、期待する要素がなかった。
多分、それは、「ゴジラ」のにのまえとか、そういう事が根底にあると思うの。
でも、そんな心配は、トレイラーを見た時、全て杞憂に終わるんだぁ、と、すごい安心した覚えがある。

「007 カジノ・ロワイヤル」の時にも書いたけど、日本人では、絶対に出せないセンス、というものがあると思うの。
例えば、「007 カジノ・ロワイヤル」のようなオープニング映像は、日本人が逆立ちしたって出てこない。
良いとか悪いとかの問題じゃなくって、人種とか民族とか伝統とか、そういう問題なのよ。
だから、ウォッシャウスキー監督が、レースを、あんなカラフルで、ポップなセンスで彩ったのも、それを思えば頷ける。
私は、「STAR WARS」も大好きで、ブルースクリーンやグリーンクスリーンの前で撮影した、背景がCGオンリーの映像も見慣れているし、今さらたいした違和感もないし、それ独特の映像センスも嫌いじゃないし、全く持って、批評家たちが批判した部分に対する違和感はなかった。
批評家達は、あのポップな非現実的な映像と、家族愛のテーマが合わないって、批判したらしいからね。
それは、良い方に幸いしたと思うわ。

何をおいても、レース映像。
それにつきると思う。
すさまじいスピード感は、他のついづいを許さない、と言っても過言じゃないよ。
「STAR WARS」エピソード1ファントム・メナスの、ポッド・レースの映像も、すごい好きだったのだけど、それを上回ったんじゃないかな。
とにかくポップでカラフルで、想像を絶したレースコースは、子供心を満点にかき立ててくれる。
それは、とにかく「すげー」の一言で済んでしまった「トランスフォーマー」のトランスフォームシーンにも匹敵すると思う。
車って、あのコースでフルスピードで走ると、ケツがフレまくって、まともにまっすぐには走れないんだ、って初めて気づいたわ。
このスピード感を言葉にするのって、すごい難しいなぁ。
小学生の男の子が、意味もなく「すげー」っと連発するのに似ているんだけど、上手く説明できないよ。
このレースシーンだけで、私は満足だったもん。
細かいストーリー展開は、気にならなくなった。
とにかく、レースはすごい。
それに、“マッハ号”が、これまたカッコイイんだ。
これ、重要よ。
何しろ、スピードの次の主役級だから。
ウォッシャウスキー監督が、“マッハ号”のフォルムを、原作から変えなかったところに、愛を感じるわ。
ハンドルの横のボタンを押すたびに、“マッハ号”がジャンプしたり、反転したり、銃弾を跳ね返したり、換えのタイヤが出てきたり、記憶の中のアニメと違わぬところが、またいいんだ。
これは、日本人にしか味わえない感動かもしれないけどね。
私が日本人で、少なからず、原作を知っているものだから、こればかりは仕方がない。

特に、整備されているコースじゃなく、ラリーの映像は素敵だったわ。
あのラフなレースと、車に施された小技と、それを屈指してトップを狙うドライバーと、単純に次のシーンを期待したからね。
レース自体は、いろんな陰謀がからみあって、ドロドロした、決してスポーツマンシップにのっとったレースではないんだけど、そのラフさがたまたまんないんだなぁ。
何かポチッと仕掛けるたびに、何かが起こって、ドキドキできるわ。

あえて、苦言を言うなら、そのラリーがあまりに面白く、そこがクライマックスになってしまい、その後のグランプリのレースが、おまけ扱いになってしまった事。
私も、ラリーが終わった時点で、もうエンディングかと思ってた。
だから、その後、だらだらとグランプリのエピソードが続いて、いつ終わるのか、なんだか変な気分で見ていたもんね。
あんなにちゃんと、ひとレース、スタートからゴールまでやるとは思わなかった。
クライマックスとエンディングがきちんと分からないストーリー展開って、本来なら“ナシ”なんだけど、この作品はレースシーンに全てを注ぎ込んでいるから、多少の間延びなら、目を瞑ってしまおうか、そう思ってしまったわ。

各キャラクター、どうも原作にかなり近いみたい。
個人的には、スピードの恋人トリクシー(クリスティーナ・リッチ)が可愛かったし、あのポップな映像に合っていて良かった。
こういう時、日本人でありながら、あまり原作を知らないって事に、イライラするかも。
概略以外、知らないもんなぁ。
もったいなかったかもね。

必要以上に、家族愛を訴えるこの作品。
嫌いじゃないよ。
レーサー・モーターズって、すごい理想なのかも。
パパがオーナーで、すごく信頼できる外部者が一人いて、でも家族くるみの付き合いで、ママで精神的な支えで、息子が家族の期待の星で。
末っ子はやりたい放題で、息子の恋人も家族ぐるみの付き合いで。
ははっ、昭和の日本がそうだったのかもしれないね。
やや余談だけど、ママを演じたスーザン・サランドンって、いろんなシュエーションに応じて演じられる、ステキな女優さんだわね。

興行的に、アメリカであまり成功しなかったのが、悔しいかも。
日本でも、それほどでもないんだよね。
私は続編見たいなぁ、なんて思ってしまったけど、それはないのなぁ。
あのレースシーンは、細かい事、全て忘れられるんだけどなぁ。

ウォッシャウスキー監督が、日本のアニメファンなのは、「マトリックス」の時から知っているけど、
スピードの弟とペットのチンパンジーが見ているアニメが日本語だったり(←ちょっと日本語が流暢でない方の吹き替えが、妙に面白かった)、
部屋には「ゴルゴ13」のコミックスが並んでいたり、
日本人アナウンサーの所属テレビ局が「岡本テレビ」だったのには、笑ってしまったけど、
ウォッシャウスキー兄弟の愛が随所に感じられて、これはこれで映画のできとは関係なく、嬉しかった。
竜の子プロは、偉大だね。

あえて、コミック感たっぷりの映像にしたところに意味があるとは思うんだけど、それを否定されてしまうと、人に薦めるのは難しいなぁ。
あのポップな世界で、脅威のスピードの誇るレースを、堪能して欲しいのだけどね。
子供向けを主張する割りには、レーサーXの秘密とか、武者モーターズ(トップは真田広之が演じているのね。)の存在とか、テジョはこれからどうするの、とか、大人のどろどろ世界が結構ストーリーにらからんでいるんだわね。
テジョに関しては、もう少し、効果的に活躍して欲しかったのだけど、いや、最後のところが、彼の役割が分かりづらかったからさ。
それに、微妙に時系列も交差していて、どうも大人の方が楽しめる気さえするのは、気のせい?
夏休みの息抜きにちょうどいいと思うんだけど、ロードショー終わっちゃうのかな・・・
個人的には、続編希望ってくらい気に入ったのだけど、世の中的には、違うのかも。
でも、あの白いヘルメットをかぶって、似合うってのも、エミール・ハーシュだからだ、ってところが、ポイントかも。
えーっ。
見て欲しいなぁ。レースシーンだけでもいいからさ。
そう思った1作。
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年齢に負けないぞ!宇宙人にも負けないぞ! 【インディー・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国】 [映画日記<2008年>]

「インディー・ジョーンズ クリスタルスカルの王国」を見たよ!

1957年。
とある米軍基地。
大勢の兵士が取り囲む中、車のトランクから引きずり出されたのは・・・
考古学者インディアナ・ジョーンズ博士(ハリソン・フォード)58歳。
彼を取り囲んでいたのは、米兵ではなく、ソ連兵。
彼らの指揮官スパルコ(ケイト・ブランシェット)は、インディーに、かつてインディーが保管を手伝った、金属のハコを探し出せと命令する。
そこは巨大な倉庫。
なんとかインディーがハコを探し出すと、彼らは中身を確認。
その隙に、命からがら逃げ出したインディーは、大学に戻るが、今度は彼の周りにKGBの姿が。
追われるインディーを救ったのは、マット(シャイア・ラブーフ)と名のる若者。
マットは母親(カレン・アレン)から送られてきた手紙をインディーに見せる。
そこにはもう何千年も使われてない文字がびっしりと書かれていた。
マットの父親代わりは、かつてインディーと同窓のオックスリー(ジョン・ハート)。
マットの母からの手紙によると、なんとオックスリーは、伝説の“クリスタル・スカル”を発見したらしい。
そのオックスリーを追って行ったマットの母も行方が分からなくなっている。
そこでインディーとマットは、オックリスーの足取りを追って、南米クスコに飛ぶ。
オックスリーは、そこで頭がオカシイと思われ、精神病院に入れられていたが、彼の部屋には、壁や床にびっしりと、クリスタル・スカルへの道筋が書かれていた。
伝説によると、そのクリスタル・スカルを王国に戻したものには、“力”が与えられる・・・
インディーは、マットを伴い、クリスタル・スカルの秘密を追う旅に出た。

19年ぶりに復活の「インディー・ジョーンズ」シリーズ。
実をいうと、前3作は、TVでちろっと見た程度で、きちんと見ていないのだわ。
19年前と言えば、私中学生?
「STAR WARS」はその後ちゃんと見たのだけど、「インディー」はそういう感じではなかったのよね。
なので、少々、お勉強不足のままの鑑賞となりました。

というか・・・
こういう超がつくほどの娯楽大作に、どうのこうのと難癖つけるのは、ナンセンス。
結果、なかなか楽しい作品に仕上がっていたし、さすがと思わせるスケールと技術、テンポの良さにセンスの感じられるセリフ、キャストの阿吽の呼吸に、お約束の数々が見られるのだから、細かい事はいいのよ。
実際、私も面白いって思って見たのだし。
なので、気に入ったところをあげてみましょうかね。

まず、一番のお気に入りは、主役のインディーを差し置いて、ケイト・ブランシェット演じる、ソ連の指揮官スパルコ。
もう、ビジュアルからしてたまらん。
白い肌に、青い瞳に、黒いおかっぱ頭。
軍服に黒いブーツ&ロンググローブ。
腰にサーベル下げて、もう完璧でしょう。
しかも、ロシア語訛りの英語をしゃべられた日にゃ、ケイト姉さんに完敗です。
この方、すごい方だわね。
ともすると、ちょっと滑稽になってしまうかもしれない人物を、その一歩手前で、個性的に十分すぎるほどの存在感を放っているのだから。
私が唯一といっていいほど、大好きな女優さんです。
「LotR」のガラドルエルと同一人物なんてねぇ。
悪役をこうも堂々と演じられると、無条件に惚れます。
セオリーとして、悪役が強くて憎らしくないと、どんなに上手く作った作品でも、面白くないのよ。
そういう意味では、スパルコの個性は、素晴しい。

前作をちゃんと見ていないから、インディーについて細かいところは比べられないのだけど、
ちょっとハリソン・フォードの立ち姿に、彼の年齢を感じてしまい、切ない気持ちになったりして。
実際は、彼は65歳。
ダブルの方を使ったとは言え、よくやった、って感じよ。
白髪になっても、あの服装と帽子は似合うね。

これは演出の方の話になるけど、とにかくこういうシリーズものには、少なからずお約束があって、それをちゃんと再現していて、そのニクイ演出には思わず顔がニヤける。
インディーの登場シーンからして、彼のシルエットがあの帽子をかぶると、お決まりのテーマ曲が聞こえてきて、そして彼が姿を現す、なんて、ベタで恥ずかしいほどなんだけど、“これよ!”と思わされてしまうのだから、何をか言わんやよ。
前3作のお勉強不足で、細かいお約束までは分からなかったのだけど、
インディーが、「I've bad feeling about this.」と言ったの時は、さすがにニヤけたわ。
このセリフは、「STAR WARS」シリーズ全て通して、オビ=ワンとハン・ソロしか言っていないんじゃなかったかな。
あれ、アナキンも言ったっけ?
「STAR WARS」と言えば、ラスト近くで、“力”を求めたスパルコが、“彼ら”に“全てを知りたい”と願うけど、それは真理の全てを知る事となり、スパルコの想像を超えて、それは彼女の脅威となり、彼女は目から炎を吹き、あっという間に、粉々になって、異空間に吸い込まれてしまう。
その、目から炎を吹く様が、グリーバス将軍の最期みたいだったな、としみじみ思ってしまったわ。
きっと、これも、ジョージ・ルーカスの仕組んだお遊びかしらね。
これは全くの余談だけど、全てを知りたいと願い、でも、その真理のあまりのパワーに耐え切れなくなってしまうスパルコを見て、なんだか「鋼の錬金術師」を思い出してしまったわ。
だって、全てを知りたい、真理を見る、なんて、「鋼」のテーマみたいだったからさ。
余談だよ。
一番、やきもきしたのは、マリオンの存在を、あまり良く知らなかった事。
1作目で登場したインディーの元恋人なのは知っていたけど、まさかラストで結婚してしまうとは・・・
その一歩手前までいってたんだね。1作目で。
あの年齢での結婚も、また乙なもの。

やっぱりね、と思ったのは、マットの存在。
公開される前から、マットは、インディーの何なのか、話題になっていて、実は息子なんじゃないかって噂は、最初っからあった。
でも、トレイラーでは、インディーの事を“teacher”と呼んでいて、なんだ違うんだ、と思わせておいて、やっぱり息子かよ!みたいな。
まぁ、それもアリでしょう。
と、軽い気持ちで見ておりましたわ。
“ジュニア”と呼ばれるのをイヤがっていたインディーも、自分の息子はジュニアって呼んでなかった?
でも、世代交代にはまだ早い。
インディー、まだまだ若いものには負けないんじゃないかしらね。

インディー・ジョーンズシリーズと言えば、毎回、不思議なパワーを持つアイテムが登場して、その冒険も、少々マジカルなのも特徴だけど、
まさか、今作が、X-File化するとは思わなかったわ。
クルスタル・スカルを見れば、それが、まぁ、宇宙人だか違う次元からやってきた未知の知的生命体だかって事は、薄々想像できたけど、
トラップが超自然的に作用したり、カギを挿したり、どこかを動かしたりしたら、想像もつかない方法で次のステップに進めるとか、そこまではこのシリーズの特徴だし、面白いからアリだなと思えるけど、
さすがに宇宙人ってのは、オールドファンの間で、どんな物議が交わされたのか、ちょっと気になるわ。
超能力とか、霊が見えるとか、それはなんとなく許容できても、宇宙人やらUFOまで行き着いてしまうと、何でもアリになっちゃうんじゃないの、って不安がない訳じゃないんだ。
今回のクリスタル・スカル伝説は、案外すんなりと許容できたけど、そうじゃないファンもいたんじゃないかと、変な勘ぐりをしてしまったわ。
なんだか、オールドスタイルのインディーに、宇宙人って変な取り合わせだよね。

これも余談の一つかな。
舞台が冷戦時代だから、さもありなん、なんだけど、
原爆の実験場で、あやうく被爆しそうになったインディーが、振り返ってキノコ雲を見るシーンがあるのだけど、
なんだか切ない気持ちになってしまったわ。
娯楽作だし、かなりありえない方法で、インディーらしく颯爽と生還するのだけど、
なんとなく広島のキノコ雲がフラッシュ・バックしてしまったのは、私が日本人だから?

野暮な話はここまで。

とにかく、クリシカルな冒険活劇は楽しい!
そりゃ、CGもヴィジュアル・エフェクトも使ってはいるけど、やはり身体を使った追いつ追われつは、引き込まれるよ。
一瞬、この作品の舞台が、50年も昔である事を忘れそうになるけど、
情報機器の少ない、しかもおもいっきり僻地で、すったもんだを繰り広げる彼らは、手放しで楽しくていいんじゃないかな。
日ごろの疲れを癒す為に見る、娯楽映画としては、かなり満足度高いと思うよ。
なんだか、マットを演じたシャイア・ラブーフもスティーブン・スピルバーグ監督のお気に入りのようだし、
ハリソン・フォードも、まだまだやりそうな気がする。
必然的に、シリーズ続編が出来る話も、遠からず出てきそうじゃない?
数年に一度くらいなら、インディー・ジョーンズ博士に会いたいかも。
ハリソン・フォードの身体が動くうちは、期待してもいいかもね。

そういえば、インディー・ジョーンズを「インディー」って呼ぶのは、日本独特なんだってね。
あちらでは、略さず「インディアナ・ジョーンズ」って呼んでいるようだし。
きっと1作目の邦題をつけた人の、功労賞なんだろうね。
「インディー」ってフランクな感じが良いのかも。
名前を略すのは、アメリカ人大好きだけど、言葉を略するのは、日本人も大得意だからね。
ちなみに、インディアナは本名じゃないんだよね。
本名は、ヘンリー・ジョーンズ・ジュニア。
今作の中では、何度もそう呼ばれてたわね。

スカッとしたい方には、結構お勧め。
もっとスカッと、そしてニヤリとしたい方は、前3作を復習してから見に出かけて下さいね。
インディーの年齢を感じるかも・・・
いやいや、インディーの年齢に負けない活躍が見れますよ。是非!
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